第8章 優しい休日
「……んじゃ、行くわ」
朝の駅前。
人もまばらなホームに、少し冷たい風が吹き抜ける。
私はその風に小さく肩をすくめながら、
隣に立つ勝己をちらっと見上げた。
いつもより少し静かな横顔。
昨夜のあれこれが、まだ余韻を残してる。
『……なんか、ちょっとだけ、さみしいね』
口にした瞬間、自分でもびっくりするほど素直な声だった。
勝己はちらと視線を向けて、それからふっと笑った。
「……おまえが言うと、マジでやべぇから黙っとけ」
『え、なにそれ!?』
「これ以上聞いたら、帰れなくなんだろうが」
そう言いながらも、どこか名残惜しそうに立つその姿に、
私の胸がまた、じんわりあたたかくなる。
電車が近づくアナウンスが鳴った。
でも、ふたりとも、すぐには動かなかった。
「……また、明日な」
勝己がぽつりとつぶやく。
『うん。また、学校で』
笑いかけると、彼はなぜかちょっとだけ目を伏せて、
ポケットの中でそっと手を握った。
まるで、触れたくて、でも今は我慢してるみたいに。
「……じゃあな」
『うん、気をつけて』
電車のドアが開く。
勝己は振り返らずに乗り込んで、そのまま席についた。
でも――
車内から、じっとこっちを見てる瞳と目が合った。
『……バイバイ』
小さく手を振ると、
彼はごくわずかに、口の端を持ち上げて、
それから、ゆっくりと背を向けた。
ドアが閉まって、電車が動き出す。
私はしばらくその後ろ姿を見送ったあと、
小さく息をついた。
(……明日が来るのが、待ち遠しいなんて)
そんなふうに思ったの、いつぶりだろう。