第29章 「善意の逆理 Ⅱ**」
パタンと医務室の扉が閉まる音が、深夜の廊下に大きく響いた。
白衣のポケットに手を突っ込んで、私は重い息を吐き出した。
扉の向こうのベッドでは、が眠っている。
いや。
正確には、強い薬で無理やり眠らせているという方が近いか。
(あれを見たら、五条がどんな顔をするか……)
苛立ちと疲労を誤魔化すように、タバコを吸おうと思ってポケットを漁っていると。
「硝子さん」
振り返ると、釘崎が立っていた。
そこには、いつもの強気な顔はない。
「……、大丈夫なんですか」
声がわずかに震えている。
無理もない。
あんな状態の仲間を見て、平気でいられないだろう。
「命に別状はないが、ただ状態はよくないな」
釘崎の顔が、すぐに強張った。
「……っ、反転術式で治せないんですか」
当然の疑問だ。
普通の術師なら、私の反転術式で治癒できる。
「は、反転術式が効きにくい。彼女の力のせいだろうな」
「そんな……」
俯いた彼女の顔に、暗い影が落ちた。
「今は私が見てるから……今日はもう休んだ方がいい」
「あの細井という教師は、高専で拘束したそうだ。学内で出回っていた『Re:bloom』の方も、これで食い止められたはずだ。お前たちは、よくやったよ」
慰めになるかはわからない。
けれど、今はそう言うしかなかった。
釘崎は、じっと床を見つめたまま動かない。
ぎゅっと制服のスカートを握りしめる手がかすかに震えている。
自分がここにいても、の役には立てない。
その理不尽な悔しさを、必死に噛み殺しているのだろう。
「……わかりました。あとは、よろしくお願いします」
そう言って、釘崎は重い足取りで歩き出した。