第18章 「血と花の話をしましょう**」
「それ、見せてもらえますか?」
「……ご案内しますね」
立ち上がった奥さんの背中を、私と新田さんは無言で追った。
玄関よりも薄暗い階段を上がると、その先にひとつだけ扉が閉じられていた。
奥さんはノブを回し、ゆっくり扉を開ける。
「……ここが、主人の部屋です」
カーテン越しの光が薄く部屋に差し込み、机の上に積まれた薬の説明書や充電器のコードが影を落としていた。
枕元の棚には、読みかけの本。
ほんの数日前まで、ここに“暮らしていた人の温度”が残っていた。
だけど、在宅治療用の介護ベッドにはシーツや枕が片付けられていた。
それが、この部屋の主がもうこの世にいないという事実を突きつけてくる。
ベッドの足元には、段ボール箱がいくつか積まれていた。
「あれが、主人がネットで買った荷物です」
新田さんと私は、試しにひとつ開けてみる。
中には、薬用石けん、タオル、文庫本。
どれも、見慣れた日用品ばかり。
もうひと箱も開けてみたが、サプリメントや少し前に話題だった小説のタイトルが見えた。
私と新田さんは、視線を交わす。
「見た感じ、怪しいものはなさそうっすね」
「ですね……」
(何か残ってると思ったんだけどな)
ふと視線を落としたゴミ箱の中には、梱包用のプチプチが捨ててあった。
使ってしまったものは、もうここには残ってないのかもしれない。
でも、もしかしたら……
「パソコンとかスマホなら……今までの買い物履歴残ってるかも」
我ながら思いつきだったけど、新田さんがすぐに頷いてくれた。
「っすね、それ。そこから何か辿れるかも」
新田さんがベッド脇の棚に視線を移すと、そこには閉じたままのノートパソコンが置かれていた。
「ちょっと、調べてみてもいいっすか?」
新田さんが奥さんに問いかけると、彼女は小さく頷いた。
「ええ、どうぞ」
新田さんが手を伸ばし、パソコンを開いた。
起動音が静かな部屋に小さく響く。
「買い物履歴……えっと……ブラウザの方から見てみるっす」
新田さんがブラウザの履歴を探っているあいだ、私は視線を部屋の中へ巡らせた。
机の横の棚には、本がずらりと並んでいる。
小説、ビジネス書、実用書――
どれも“日常の延長”にあるものばかり。