第16章 「心のままに、花が咲くとき」
私はほんの少しだけ唇を開いた。
喉が痛むが、かすれた声をなんとか押し出す。
「……ここ……は……?」
硝子さんが、ちらりと私を見下ろした。
「高専管理下の病院。一週間も意識不明だったんだぞ」
呆れたような声。
でも、そこにはどこか安堵の色が混じっていた。
「……運ばれた時はだいぶ酷い怪我で、かなり危険な状態だった」
「反転術式が効きにくいんだから、無理するなって……前にも言ったよな」
私は唇を震わせながら、どうにか声を絞り出す。
「……心配かけて、ごめん……なさい……」
硝子さんは、ふぅと小さく息を吐いた。
「……まったく」
そう言いながらも、その頬には微かに笑みが浮かんでいた。
私の額にそっと手を当てる。
その温度がやさしくて、泣きたくなる。
「どれだけ心配したと思ってんだ、バカ」
私はその言葉に視界が滲む。
硝子さんはベッドの脇に目を向けると、ふっと苦笑を漏らした。
「……ま、私以上に心配してたやつもいたけどな」
ちらりと目を細めて、整然と積まれた箱の山を見やる。
呆れたような、でも少しだけ優しい声音だった。
「ったく、あいつ……面会時間なんか関係なく病室入りやがって」
思わず、口元がゆるんだ。
(……この前、あんなひどい態度とったのに……)
(先生、会いにきてくれてたんだ……)
どこかくすぐったくて、どうしようもなく嬉しくて。
まぶたの奥が、また少しだけ熱を帯びた。
硝子さんは再び端末を手に取ると、小さく画面を操作した。
そして、私の顔を一瞥しながら、
「意識が戻ったこと、五条には私から伝えとくよ」
「……とりあえず今日はもう少し休め。鎮痛剤と抗生剤、さっき投与したから」
私はまぶたを瞬かせながら、静かにうなずく。
薬が効いてきたのか、ずきずきと疼いていた脇腹の痛みが少しずつ遠のいていく。
代わりに、意識の輪郭がふわふわと滲みはじめる。
目の前にある白い天井が、ゆっくりと霞んでいく。
(……先生に……会いたい)
心の中でもう一度だけ、そう呼んだ。
やさしい眠気が身体を包み込み、私は静かに眠りへと沈んでいった。