第20章 幸福
『……さぁ、行きましょう……』
まるで、クラシック音楽を聴いているような、そんな声だった。
いや、これを声と言っていいのか?
音というべきなのか、うまい表現が見つからないけど、そんな響き。
花の特級と似ているかもしれない。
脳に直接話しかけられているような。
『争いもない……悲しみも苦しもない……。そこへの道を私は知っているわ……。連れて行ってあげる……』
心に降り注ぐように、心に染みわたるように、温かい日差しの中で眠りにつくような、そんな透き通るような、暖かな温もりに包まれるその感覚に、全てを委ねたくなってしまう。
『冬が終わって、春が来る……。暖かい雨が大地に降り注ぎ……花が咲くわ……。花の周りを、天使の翼が羽ばたいて……。花の匂いが、薫ってくるの……』
"幸福"の一言一言が、媚薬のように体の中に入り込み、縋って甘えてしまいたくなる。
誰もが魅入られるわけがわかる。
あまりの美しさの茫然としているとその頭に衝撃が走った。
反射的に頭に手を置くと、五条悟がマスク越しに私を見ている。
その顔は「しっかりしろ」と言っているように見えた。