第20章 幸福
胸の中に残る切なさを抱きながら、私は眼鏡を外し濡れた頬と目元を拭った。
その時、近づいてくる気配を感じ眼鏡をかけ顔をあげる。
草むらの向こうから、草木をかき分ける夏油さんが姿を現した。
今度は幻影ではなく、本物の夏油さんだ。
「夏油さん」
私の声に夏油さんは、ゆっくりとその顔をあげた。
なんとも酷い顔をしている。
人一人殺したのではないかと思うほど。
「大丈夫ですか」
「平気。ちょっと苛立ってるだけ」
クスクスと笑う彼女は他の人が見たら、完璧にイカレていると口を揃えて言うだろう。
それ程彼女のテンションはおかしかった。
「……"幸福"に会ったんですね、夏油さん」
ピリッとした緊張感が走った。
「なんで人類が滅んだのか理解したよ。幸せな夢を見ている状態じゃ、夢の中でもそれは現実だって思いこむんだ。味覚も聴覚も視覚も触覚も嗅覚も、感じるすべてが、抱く気持ち全てが本物で、夢の中で支配されている。どんなにおかしい展開が起きても気づくことはない。だって幸せなんだからな。そりゃ気づくわけねえんだよなぁ」
皮肉っぽくいう夏油さんに、私は眉を顰めた。
「子供の言うセリフじゃありませんね」
夏油さんは、軽く鼻で笑ってみせた。