第20章 幸福
「ええ。やっと……漸く、気持ちの整理がついた。ありがとう……」
そう言うと、私は灰原の体を押しやった。
まだ涙で濡れる顔で、優しく、柔らかく、静かに微笑む。
「また灰原と一緒に過ごせたらきっと楽しく騒がしい毎日が遅れるでしょう。それがどれだけ幸せか……。でも、それはできない。灰原、君は、もうここにはいないっから」
「七海が思ってくれるなら、僕は、ずっとここにいられる。七海の側にいることができる」
首を横に振った。
「駄目だ、灰原。それは私の望む幸福じゃない。もしかしたら灰原は生まれ変わっていて普通の人間として幸せに暮らしているかもしれない」
輪廻転生を信じているわけではないけれど。
もし、仮に、本当に、生まれ変わりというものがあって、既に灰原は新しい人生を歩んでいるとしたら。
「その人とどこかで巡り合うことができたなら、それが私の幸せだ。その時が、その瞬間が、私にとっての幸福だ」
無言で佇んでいた灰原の身体が、煌めく霧となって舞い散った。
その向こうに、私と同じ容姿をした"幸福"が立っていた。
『幸福に、本物も偽物もありません。自分がそう願えば、それが本当の幸福なんです。どうして拒むのですか。幸せになれれば、それでいいじゃないですか。みんな、そう願っています。幸せになりたい、幸せになれればって』
私と似た容姿の"幸福"は困ったように私を見ている。
私は"幸福"の言葉に頷いた。
「そうですね……」
困ったように小首を傾げた"幸福"は、霧のように消え去った。
私は、ため息とも深呼吸ともつかない息を深く大きく吐いた。
足元に寝かせたはずの夏油さんの姿はない。
あれもまた私をおびき寄せる為の幻影だったようだ。
彼女までも利用するとは。