第20章 幸福
あの日だけじゃない。
灰原が死んだあの日のことだって。
一級案件だと判断するのが遅かった。
あの時、私にもっと力があればあんなことにならずに済んだのに。
私のせいで君は命を落とした。
ずっとずっと私の中で、重たい枷となり心の根っこに根付いている。
「……灰原。あの時の君の遺言は私にとって呪いの言葉になった。あの時の私には君の言葉は重すぎた。でも、今は違う」
頷く灰原の目には涙が溢れていた。
「七海と一緒に過ごした時間は本当に楽しかった。幸せだった。僕は夏油先輩も尊敬していたけど、七海のことも尊敬していた。同級生にこんなに強い呪術師がいるって事が誇らしかった。僕の目標としている人だったんだ」
灰原がゆっくりと私に近づき、白い歯を見せて笑った。
その明るさと優しさ、その屈託のない笑顔は、記憶の中の灰原と全く変わりなかった。
言葉にし難い感情が心を震わせる。
その震えが身体に伝わり、膝が笑うほど震えている。
こんな情けない姿、誰にも見られたくないと思いながら、私は唇を強く噛みしめる。
強く噛みすぎたのか、口の中に血の味が広がった。
「私だって、灰原の事を尊敬していたよ。私は君のその明るさと優しさに何度も救われていた。君と会えてよかった」
灰原はもう一度頷き、私の両手をその両手で包んだ。
あの頃は変わらなかった手の大きさは、今は私の方が大きかった。
「七海、ありがとう」
「……っ」
灰原の手の上に、俯いた私から堪えきれなかったものがパタパタと落ちる。
それが自分の涙だと分かるのに時間はいらない。