第20章 幸福
『どうして拒むの?』
「うるせえ。消えろ」
『幸せなんでしょう?』
「うるせえっつってんだろうが。殺すぞ」
私を知っている奴なら、私から距離を置くレベルで睨み凄んでも"幸福"は少し困ったように、目をくりくりとさせた。
自分と同じ顔でそんなことをすんな、気持ち悪い。
"幸福"は先ほどの幻影と同じように、その姿は煌めいて霧となり消えた。
森は静かで、風の音しか聞こえない。
少し色を深めた空の色が木々の間から顔を覗かせ、昼間とは別の美しさがそこにあった。
私はただ、そこに立ち尽くし、握った拳が震える。
頭の中では、五条悟の言葉がゆっくりと過った。
【幸福というものを大人は信じることができないけど、子供は信じて受け入れることができる。でも、そのどっちも結局は幸福になれないなんて、人間って生き物はつくづく不幸だと思わない?ねぇ、七海】
あの時、理解できなかった言葉。
だけど、今は理解できる。
「……っ!!」
ただひたすら唇を噛みしめていたが、私はゆっくりと空を見上げ大声で叫んだ。
「ちくしょーっ!!」
私の悲痛な叫びは、誰にも聞かれることなく深い森の中に吸い込まれ消えていった。