第8章 恋仲になりまして
———数日後。
「恋仲になったはずだが…」
変わらぬ日常。
変わらぬ距離。
廊下ですれ違えば頭を下げ、用がなければ近寄りもしない。
あの夜のことが、まるで無かったかのように。
「……は」
思わず、小さく笑みが漏れた。
臆病なのは知っていたが、ここまでとはな。
恋仲になれば、多少は距離を詰めてくるものだと思っていた。
だがあの娘は違う。
近づかない。
踏み込まない。
何も求めてこない。
——本当に、俺を望んだのか?
ふと、そんな考えがよぎる。
いや、違うな。
あの目は、偽りではなかった。
ならば、これは。
「怖じ気づいたか」
それとも——
「……俺では、不足か?」
誰に聞かせるでもなく、そう呟いた。
答えは返らない。
廊下の先。
あの娘が、誰かと話しているのが見えた。
柔らかく笑っている。
あのときのような張り詰めた顔ではなく、自然な微笑み。
「……」
足が、止まる。
別に、珍しいことではない。
城で人と話すなど、当たり前だ。
だが。
「随分と、楽しそうだな」
気づけば、声をかけていた。
自分でも、理由は分からない。
ただ——
その笑顔が、気に入らなかった。
……