第1章 我が先達の航海士
その後はクルーから操舵方法のレクチャーがあった。明石から大阪方面への航海。夕方に帆を畳む。何処までも広がる海原に、龍水は見蕩れていた。
「風が、気持ち良いな」
「だろう?」
初めての船乗り体験。風だけで海を渡る爽快感。そして、隣りに居る自身の先を闊歩する航海士。龍水の中で面倒でしかなかった家業や船へのイメージが変わった。美しい船に、格好良い船乗り。
「なあ、」
就寝前。トレーニー用の二段ベッドの上に登った所を見届けて去ろうとするを、龍水は引き止めた。
「この船で世界は周れないのか?」
今日見た様な美しい海原の広がる世界を。全てを。余すことなく堪能したい。欲しい。龍水の純粋な質問に、が少し黙り答えた。
「出来なくはないよ。十六世紀の時点で世界一周する帆船もあったしね。時代的にもう旧い船だから使われないだけだ。日本の帆船も戦後、現代になってから初めて世界一周航海を果たしたんだ。その世界を渡った日本の船は、この帆船。『未来ヶ崎』だ」
龍水の瞳が太陽の光を浴びた水面の様に輝いた。世界を、渡る。この美しい帆船で。なんて壮大かつ素晴らしいのだろう。
「決めたぞ!。貴様と共に帆船で世界を渡る!」
周囲の子供達がひぃっ、と大声に耳を塞いだ。具体的には下の段の子供と横の子達が死にそうだ。
「龍水君、ちょい声のボリューム下げて」
訳が分からない、と云う顔でもきっちり指摘するに、龍水は少し声を小さくして続ける。
「貴様、経験を積みそのうち一等航海士になるのだろう。一等航海士は船長の補佐役の筈だ」
「うん、そのつもりだけど」
が頷くと、龍水がベッドの上で胡座をかいて腕を組むと高らかに宣言した。
「なら俺が帆船で世界を周る船長になる!その時には貴様を一等航海士として雇うぞ!!」
ドーーンと大きく出た龍水。それに対して、はは、とは冷静に答えた。
「船長は船員の命を預かる、最も重要なポジションだ。航海士を経験しないとなれないし、道のりは中々に険しい。でも君、度胸あるし帆船好きみたいだし。船乗り向いてるかもね。期待してるよ、キャプテン」