第1章 世界を渡る最初の一歩
「……なんでしょうか」
綺麗な透き通ったガラスの様な声と、無感情の瞳がこちらを見た。やや俯いた顔に、冷えきった声。とても好感は感じられない。 普通なら不遜な態度に相手は気分を害するだろうが、龍水には逆効果だった。ここまで自分を楽しませる見合い相手は初めてだ。イヤイヤ返す様な反応もしてきたのも。
「貴様。さてはこの話、はなから俺に断らせる気満々だな?選ぶ場所は普通だが、それ以外が普通じゃない。その服も冷たい態度も断らせる為と見て取れるな。何故だ?俺との見合い話なら、皆一様に媚びを売るはずだが」
そう一口で捲したてる龍水。すると相手の少女がピクリと身動ぎした後、フフフ、と何処か不気味な声を上げて笑った。そして実に不気味で悪女の様な、それでいて魅了される笑みを浮かべて言った。
「龍水君といったかな。君の言う通りだよ。見合いなんてクソ喰らえだ。君くらい格式高い家だと断るのも一苦労だからね、サクッとぶち壊すつもりだ。確かに君の家との縁談話なら皆喜んで食いつくだろう。その程度、予想はつく。けど断言しよう。少なくとも私にはその様な真似をする気は一切無い。家の肩書きなんて薄っぺらい物に縋り付く気はサラッサラ無いよ」
儚げな美貌から紡ぎ出される挑発的な声。言葉遣いが荒い上に、直接的かつ物騒極まりない内容。しかも七海財閥を丸ごと敵に回す様な発言だ。
フランソワによると、彼女は戦国時代からの数百年の歴史を誇る武家の家柄だ。歴史だけで言えば、七海財閥よりもずっと長い。数々の政界や起業家などの著名人を輩出している。かつて知将として功名を立てた先祖と同じく、頭脳を武器とする人材と人脈で力を持つ、由緒正しき老舗の家なのだ。
『彼女自身』についての情報はいつも同様仕入れていないが、この様子だと龍水と同じ異端児なのだろう。
そこでタイミングを見計らったかのように、襖の外から声がかかる。フランソワだ。
「御二方。そろそろお料理の方はいかがでしょうか」
「いえ、料理はけっこ」
「勿論だ!フランソワ、直ぐ持ってこい!」
断る彼女を遮って龍水が指示を出す。呆気に取られた彼女が、ぽかんとしている。
「君。今ので怒らないの?というか、そうして貰わないと困るな。こっちは早く帰りたいし」
普通に敵意剥き出しである。