第1章 世界を渡る最初の一歩
「こちらです、龍水様」
縁談当日。龍水がリムジンから降り立つと、そこは有名な高級料亭だった。日本庭園もあり美しい風景と共に美味な食事を堪能出来る。「フゥン、普通だな」と龍水は金持ちのご令息らしい感想を零す。だが後ろに立つフランソワはフ、と微かに笑う。
「どうした、フランソワ」
怪訝そうに龍水がフランソワを見た。
「いえ、龍水様。彼女をご覧になれば、そのご感想が変わるかと」
フランソワがそこまで言うなら、と龍水は珍しいモノ見たさに料亭の中へと足を踏み入れる。かぽん、とししおどしが外で静かに鳴った。龍水が指定された個室に入れば、そこは料亭の中で最も広く調度品も一級品の和室。目玉の日本庭園が特等席で見られる。そして一人の少女が奥の座席に居た。
フゥン。確かに見た目は今までお見合いさせられてきた令嬢の中でも、とびきりずば抜けた美女だ。
龍水は心中で呟いた。日本人には珍しい、少しウェーブのかかった白銀の艶のある髪をみぞおちまで伸ばしている。伏せ気味の瞳からは蒼き、龍水の大好きな綺麗な海の色が見えた。如何にも深窓の令嬢、姫君。だが纏う雰囲気が過去のご令嬢とまるで違う。今までのご令嬢はこれでもか、と着飾ってきては、とにかく愛想良くして龍水の気を引こうとしていた。
彼女は白ブラウスに、黒いスカート。赤いリボンこそ首に巻いているが、庶民的かつ地味だ。素材も普通の洋服店で売ってる様な物である。しかも入ってきた龍水の方をチラリとも見ないし、挨拶もせずに正座している。敵の首を取るかの様に静かに座して待っている、という方が適切だ。対して龍水は同じ洋装でもぴっちりと着こなした素材の良いシャツにズボン、サスペンダーに蝶ネクタイ。全て高級品で揃えている。
面白い。龍水も他者に対して様々な想いを抱くが、面白いと思ったのは彼女が初めてだ。フランソワの言う通り、感想が変わった。欲しい。彼女が、絶対に欲しい。
「おい、貴様!」
ドカッ、と礼儀作法を気にせず龍水は座布団に座る。ここには部屋の外に控えたフランソワしか居ない。向こうの傍付きもどういう理由かは不明だが、部屋の中に居ない。自由なのだ、ここは。実に息がしやすい。