第5章 貴方の隣で
目を開けると、視界に長くて綺麗な髪と、優しく微笑む蘭さんの顔が入って来る。
「あ、おかえり、なさい……」
「ん、ただいまー。眠いなら寝てろ、ぎゅーしてやるから」
頭を一撫でした手が私の抱きしめていた枕を取り、蘭さんが私を抱き寄せる。
いつもみたいになすがままになる私の鼻を、香水のような香りが刺激する。
蘭さんじゃない、嗅いだ事のない香り。
香水には詳しくないけど、蘭さんから香った事は一度もないし、竜胆君のでもない、妙に甘ったるい香り。
胸がモヤモヤして、感じた事のない感情が体を支配して、無意識に蘭さんの体を突き放す。
驚いた顔の蘭さんから逃げるみたいに、ベッドから飛び降りる。
その拍子に尻もちをつくけど、お構い無しに扉の方に向う。
けど、蘭さんがそれを許すはずもなく、すぐに捕らえられてしまう。
「急に何?」
背後から抱きすくめられ、少し低めの声が耳の傍でして、体が強ばる。
怒っている感じではないにしろ、多少不機嫌ではあるようで、蘭さんの顔が見れない。
私にもこの感情はよく分からないけど、とにかく蘭さんに纏わり付くこの甘い香りが気持ち悪くて、彼から離れたい衝動が治まらない。
気持ち悪い、逃げたいと、体を掻き毟りたくなる。
「は、なしてっ……嫌っ、嫌だっ!」
「、おいっ……」
久しぶりに声を荒らげて暴れる私を、蘭さんの力がねじ伏せる。
「どうした、落ち着けっ……」
力の差は明らかだから、私なんかが勝てるわけもなくて。まだ分からない感情に、頭がぐちゃぐちゃで、涙が出た。
蘭さんは泣きじゃくる私を、抱っこして、背を撫でる。
意味が分からないのは蘭さんも同じだろうに、優しい手つきで私を甘やかすみたいにする。
そんな彼が憎らしくて、でもそれとは違う温かい感情もあって。
それが何かが、分からないからもどかしい。
「嫌ぁ……ひっ……ぅー……離してぇっ……」
「はいはい、分かった分かった」
言葉だけで、離す気配はなくて、相変わらず手は優しく私を宥め続ける。
跨るように蘭さんの膝に座り、泣いていた私は少し落ち着きを取り戻し、蘭さんの胸に凭れ掛かっていた。
ずっと私の背中を摩っていた蘭さんの手が止まる。