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船上の医師

第2章 正義の致死量


 後日。正式に七海学園附属の大学病院配属になった雪乃は、挨拶もそこそこにERへ配属された。
「交換留学制度で来ました。神原雪乃です。よろしくお願いします」
 まばらな拍手の中で、スタッフに出迎えられる。初の当直。すると後ろからポン、と誰かに肩を叩かれた。振り返れば、長身の男。ここの助教授だったか。

「アンタがアメリカから来た医者?」
「はい。神原と」
「余計な事しないでね」
 雪乃は返答に詰まった。ここまで露骨な歓迎されてないアピールは初めてだ。とはいえ、仕事は仕事。やるしかない。
「あ、こんにちは!私も新人なんです」
 同じく新顔で日本の医局に染まりきってなさげな若い看護師がぺこり、と頭を下げた。よろしく、と挨拶を済ませる。
「やー、今日はまだ穏やかな方で良かったですね」
 雪乃、咄嗟に注意しようか迷った。その手の発言は禁句なのだが、まあ迷信のようなものである。そう思い、曖昧に頷き返す。すると外線がプルルルル!と鳴った。急患である。出しゃばるなと言われた傍から、雪乃はやってきた救急車の元へかけてゆく。それを見た助教授は、静かに小さくため息をついた。

 救急車から、隊員が一人の患者を連れてきた。
「先程心停止しました!来院時死亡(DOA)です」
 危険な状態である。心停止にも波形が4種類ある。心電図は、エイシストリーの波形を示していた。これは不味い、と雪乃は苦汁を飲んだ顔つきになる。除細動の適応の無い波形だ。除細動の適応があるVFやpVTに比べ、残り2つの波形——PEAとエイシストリーは除細動が適応出来ず、救命率は非常に低い。

 雪乃が1分に100回から120回のテンポで5cm以上、6cm以下の胸骨圧迫を行う。胸骨圧迫を30回、人工呼吸を2回。CPRと呼ばれる心肺蘇生法。その間にも脳を同時に動かし、原因の検索を行う。除細動の使えない波形の場合、殆どは救命されない。しかしもし原因が早急に診断出来て治療さえ行えば、僅かながら救命の可能性がある。
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