第2章 正義の致死量
「乗り物で人が死ぬのは、もう御免だ」
かつて自身は、船医の依頼を断った。乗り物で自分が人を冷静に救えるか、自信が無かったのだ。されどこないだのドクターコールの時は、そんな事は思考の中には無かった。患者を救いたい。その一心だけが雪乃の持つ最大の刃。私が乗る以上、死人は出さない。原作の死者だって救ってみせる。もしかしたら自分が今立ち向かっている事はトロッコ問題のような物で、原作は少ない犠牲者の道を選んでるのかもしれない。それでも、だ。
「私は——人を救いたい」
こうして、原作を知り尽くした一人の医師が今本格的に参画する事になった。一方、龍水は自宅に帰り、帆船航海の計画を立てていた。叔父に船医として神原雪乃の名前を出した時はそりゃあもう反対されたが、「腕は確かなのだろう?」と言えば黙った。もう好きにしろ、と捨て台詞を吐いて立ち去る叔父の背中に、雪乃を選んだのは間違いではなかったと悟る。
「……医者、というのは慣れてくれば患者の病気だけを治す事にしか意識が行かなくなる。だが奴は違う。たとえ優れた技術を持っていても患者を人間として見ている」
雪乃の華々しい経歴と、実際に目の当たりにした救命救急の現場を見て彼女を龍水はそう称した。彼女は己を嫌いだ、と言ったが。そうハッキリと本音を言う人間は龍水には貴重だ。嫌いでいてもなお、力を尽くしてくれる人間。こんなにも強力な味方は居ないのだ、と。そう思えた。