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船上の医師

第2章 正義の致死量


「貴様は神腕の医師だ。人を救う為なら他のものはいらない。確かにその生き方は俺とは相容れないだろう。俺は全てが欲しいからな。……貴様は誰より患者想いだ。そして優しいだけでは患者は救えない。助けられる確かな手腕が必要だ。その現実を見てもなお貴様は患者を救う努力を惜しまない」
 そういう誠実で力のある医師が俺は欲しい、と。龍水はつらつらと理由を述べた。書き上げたメモ帳を掲げれば、そこには七海学園医学部付属病院の連絡先。
 
「……どうしても、私を船医にする気か」
「ああ。俺は貴様でないとダメだ。貴様の言う通り、俺は欲しいに忠実でな。貴様は再度アメリカの病院所属になる予定だが、そこには交換留学制度がある。日本の提携病院と医師を交換し、一定期間置いておく制度だ」
 
「分かるよ。それを使って、私を一旦七海学園付属大学病院の所属にする気だね。七海財閥の手の届く範囲に私を置いて、航海に出ない間はそこに所属させる」
 ああ、と龍水は頷いた。どうしても原作に干渉しない事は許されないのか。そこまで考えて、ふとあのドクスト好きな少年の事が脳裏を過ぎった。もし、もしもこの世界で私が動く事で、少しでも最終回を早められたら。作中で人が亡くなるのを防げたら——。
 
 私に、果たして出来るのか?龍水は知らない野望が、静かに雪乃の心の中に灯る。
「……話は考えておく」
「ああ。今はそれでいい」
 本当は、龍水が帆船航海する事すら無ければ誰も生命を海の上で危険に晒したりなんかしないのだろう。ましてや帆船の航海で。それでも雪乃には彼を止める事は出来なかった。彼を止めれば——原作に影響が出る。帆船を操舵できる船長を育成出来ない。それだけは止められなかった。
 
「私は君を認めないから」
 それだけを告げて、龍水を帰らせた。さて、今度からはまた日本の職場だ。
「……忙しくなるな」
 それだけを残して、雪乃は自室へと戻る。ノートを出してきては、原作に関する記憶やファンブックの内容を洗いざらい書き出す。その作業は深夜まで続いた。やがてノートブックを書き終えた彼女は、ふうと息をついて天井を見上げた。目玉を動かし、シミを探す。僅かにくすんだ茶色を見つけては、あの日、自身の人生が変わった日を思い返す。
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