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船上の医師

第2章 正義の致死量


「いえ、いいですから。……分かるよ、龍水。君は私に船医をやって欲しい。何が何でも」
「そうだ!俺のカンが言っている、船医には貴様がてきに」
「だが断る!」
「なっ、なんだと!?雪乃。貴様、MSFの仕事からは手を引いたのだろう?経歴も調べたぞ。七海財閥がアメリカで経営する病院でERにいたんだろう?銃創はもちろん幅広く対応し、船医になる話も持ち上がったと」
 七海財閥がこれまで隠していた情報を、龍水はペラペラと喋る。MSFの人間は流石の龍水も見落としていたが、雪乃の経歴を見て欲しい!となった。何せ若き天才で凄腕。患者からも病院からの評判もすこぶる良かった。だがアメリカで医師免許を取って少しした後、何故かMSFへ赴いている。
 
「フゥン、当たるぞ船乗りのカンは?七海財閥の船医の話を断ってから風当たりでも悪くなったか」
「…………」
 沈黙する雪乃。その通り、七海財閥経営の病院出身にも関わらず海外のクルーズ船の船医の依頼を断り、半ば左遷のような形でMSFに派遣されたのだ。とはいえ彼女の腕を考えれば七海財閥としてはあまり長く其方に置いておく訳にも行かず、来月にはアメリカに戻される予定である。

「いや、余計な話だったな。話が脱線した、済まない」
 ぴくり、と雪乃の指が動いた。《脱線》——その言葉につい反応してしまった。過去のトラウマ。前世で母を奪った列車事故。龍水が何かを察して声を上げる前に、雪乃は声を発する。
 
「龍水。私は、君が嫌いだ。欲しいものは何でも手に入れる、だったか。傲慢にも程がある。世の中、何もかも欲しいと言って努力すれば手に入る訳ではない。人命だってそうだ。医者は神ではないし、船に一人いれば何とかなる訳でもない。それに君が何かを手に入れる事で、誰かがそれを《手に入れられなくなる》。その可能性すら奪ってるんだ」
 トラウマを刺激されたからか、本音が口を滑り落ちた。その声は低くずしりと重い。雪乃の厳しい言及に、しばし龍水は沈黙した。そしてくつくつ、と喉を鳴らして告げる。
 
「面白い!矢張り船医は貴様が良い」
「どうしてそう思うの」
 なあに、簡単な事だと龍水は手に持っていたペンをくるくると手で弄ぶ。メモ帳にさらさらと書き記してゆく。
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