第2章 正義の致死量
「ありがとうございました、神原先生……」
「いえ……」
あと少しの所だった。二月の東京は未だに冷え込み、隙間風が雪乃の頬を撫でては緩やかになぎ去る。親御さんに頭を下げて、雪乃は涙を堪えていた。何度、助けられなかった?実力が欲しいとアメリカに行って。日本と比べ物にならない医療レベルに圧倒されながら、人を救っては殺し、救っては殺し……。
私の意志は、本当に人の為になっているのか。
彼女の正義は、確実に魂を蝕んでいた。少年の最期を看取ってから1週間後。雪乃は、一人自宅にて最終回を読んだ。もちろん誌面である。
「タイムマシン……か」
人類70億人助ける。そんな希望を残して終わるラスト。ドクストらしいなと思いながら、ラストの千空の顔が写ったページを見ていた。ぽた、と何かが落ちては誌面の紙を濡らした。雨のように降ってきたそれは、ぽた、ぽたりと薄茶色の紙を湿らせてゆく。やがて雪乃の手で、無理やり最終回のページが閉じられた。
「うぁああぁあ……っ!」
遅いよ!遅かったよ!どうしてあと一週間だけ、もう少しだけ早く来てくれなかったの!?心の叫びの代わりに、ジャンプ本誌の表紙に拳を振り落とした。それでは何も救われないのは分かっていて。最終回だと言うのに、表紙はドクストでは無いそれに怒りを覚えながら、何度も何度も。彼にとっての最終回は——ドクストが最後に巻頭カラーとして誌面の表紙を飾る事になった先週なのだ。
「もしかして、次で終わりかな」
楽しみだね——そう言った日の晩に、彼は亡くなった。死人は何も語らない。苦しいとか辛いとか、もっと生きたかったとか。そんなのは何も語らない。されど、これだけは分かる。分かるよ。
「もうちょっとくらい、生きたかったよね」
そう言って、雪乃は空を見上げた。上を向けば良い、涙がこれ以上大事な誌面に零れないようにそう願った。少年の居ない後も世界は続き、ドクストは夏にアニメもやり、舞台もやって、更にファンブックも出た。ジャンプコミックスと同じくらいのサイズとページ数でありながら少しお高いそれを、雪乃は手にしていた。