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船上の医師

第2章 正義の致死量


「あの子は……助からないんだよな」
 龍水が好き、って言ってたっけ。最近の回では龍水が心底欲しがってやまなかった宇宙飛行士の座を降りて、スタンリーに譲った。それを少年はとても残念がっていた。龍水が夢を叶える所を見たかったと。思えば、彼は入院したきりで何かを欲しがる事もままならない自分と対照的で、欲しい物をなんでも手に入れる龍水に憧れを抱いていたのかもしれない。まあそんなのは雪乃の妄想に過ぎないのだが。

「あれも龍水なりに成長したって描写なんだろうし、今更宇宙に行かせるのも無理なのかな」
 そんな事を言いつつ、おっしと立ち上がって家に帰る。そんな日々を過ごしながら、最終回を待った。
 
「先生!これ、これ!」
「何?」
 本当は死ぬほど忙しいが、少年に声を掛けられて足を止めぬ訳には行かなかった。彼は嬉しそうに誌面を指差す。そこには——
「龍水……」
 宇宙服を着た、少年の推しが居た。
 
「先生、龍水宇宙行ったよ!先生は『この展開だと宇宙行きは難しい』とか『賭けても良い』とか言ってたけど、ほら!僕の勝ち!」
「……ふふっ。分かった分かった、君の喜びは。先生の負けだ」
 そう言って喜ぶ姿に、雪乃も無理やり笑みを作った。彼の身体中には管が差し込まれ、僅かな生命をすんでの所で繋ぎ止めていた。ナースステーションから目が届くくらい、今最も危険な容態の患者がいる四人部屋。部屋のドアすら取っ払われたパノプティコンさながらの病棟にて、彼は二十四時医師と看護師に見守られていた。いつ死ぬかすらも分からない危険な状態。
 
「ねえ、先生。もう一度勝負してくれない?僕が最終回を見るの、間に合う方に賭けるから」
「……そっか」
 雪乃は答えを濁した。もう彼の生命は見るまでもなく、短かった。約束した最終回まで生き残れるかも分からない。されどこの作品の進むスピードならば、もしかしたら間に合うかもしれないという思いはあった。
 
「じゃあ先生は、間に合わない方に賭けるよ」
「本当!?」
 少年の顔がぱっと華やいだ。じゃあ先生がまた負けるね、と嬉しそうに言っている。何せ雪乃は既に一度負けたのだから。
「そうだね、今度も負けちゃうね」
 いっそ、そうであれと。雪乃はそう思いながら、言の葉を紡いだ。





 ——願いは、届かなかった。
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