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船上の医師

第2章 正義の致死量


 僕の事も治してくれる?と。少年はそう囁いた。彼の瞳にはどうせ叶わないという悲観の色が見て取れた。彼の病はとても現代の技術では治せない。腕を評価される神原医師であっても、彼は治せなかった。治せない物を、治るなんて嘘でも言う事は出来ない。だからこそ、雪乃はこう答えた。
 
「この漫画、まだ終わってないよね?最終回まで読ませてあげる」
「本当!?」
 薬指をそっと差し出した雪乃に、少年は嬉しそうに自分の右手を出した。約束だよ、と。そう契りながら雪乃はどうか神様と柄にもなく祈りを捧げた。私に、この少年に少しでいいから夢を見させる力をください。

 その日から、雪乃はジャンプを月曜日に忘れず買うようになっていた。雪乃とて暇では無い。呼吸器外科の所属で、アメリカ帰りで実力は折り紙付きである彼女は引っ張りだこだ。ERにまで駆り出される始末で、これには参ったと思いつつ仕事にあたる。自分の命の方が削れてるような気はしたが、重症患者が次々と運ばれてくる様を見ればそんな思いは吹っ飛んだ。

 今夜のERは嵐らしい。さっきまで後輩の医師が「神原先生、今日は静かですね!」と言っていたので、慌てて雪乃は止めろ、と注意したのだが。その手の言葉は患者を呼び寄せる魔の言葉とされているので絶対に言ってはならない。その発言の後に外線が鳴り響き、交通事故にあった家族連れ5人でベッドが埋まったのだから。
 
 ERでのてんやわんやの一夜を終えて、日曜日の明け方に病院近くのコンビニへ。流石に最新のジャンプは置いてなかった。ふう、と外壁に背を預けてずるり、と座り込む。今夜の患者だと、祖母が特に危険な状態だったが何とか一命を取り留めた。よくやった自分、と思いつつふと空を見上げながら思案する。
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