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船上の医師

第2章 正義の致死量


「神原先生ー、これ見て。面白いよ」
「ん、なになに?」
 前世で患者に声をかけられ、雪乃は少年の手元を覗き込んだ。週刊少年ジャンプ。子供らしい読み物だと思いつつ、どれが面白いの、と尋ねた。これ!と少年は目次ページを開いて指さす。
 
「どくたー、すとーん?医療モノ?」
「違うよ。でもお医者さんでも治せない傷を塞いじゃうくらい、すんごい力があるんだよ」
 印象的なタイトルとその患者の押しに負けて、雪乃はその漫画を読み進めてみることにした。勧めて来たのが余命短い少年だったから、せめてもの餞に好きな漫画の話をしてあげたいという思いもあった。ファンタジーでありながら、リアルな科学知識に裏打ちされた展開。理系の雪乃もまんまと少年の思惑にハマり、後日好きなキャラの話をするようになった。
 
「先生はこの子かな。羽京君」
「神原先生、こういう顔の男の人好きなの?」
 いや違う違う、と少年の横に座り雪乃は手をブンブン振った。
「目の前の誰にも死んで欲しくない、っていうのが凄く分かるの。だって私も医者だしね。信念がいいよね」
「えー、僕は龍水がいいよー」
 そう言って少年がコミックス第10巻の表紙を見せる。そこには金髪の青年の姿があった。欲しい物は何でも手に入れる欲望の権化、七海龍水。雪乃はえぇーと言いつつ軽く仰け反った。

「何処がいいの?」
「んーとね、欲しいものに忠実な所!あと格好良い!」
 そっかー、と雪乃は頷く。流石に苦手、とは面と向かって言えなかった。ただ手の届く範囲の生命を守る事に必死な雪乃。例え死力を尽くしても、その伸ばした手の先からぼろぼろと零れていく生命。——どれだけ他人の生命を欲しがっても、医師である限り手に入れられない未来から逃れられない雪乃。この少年だって、百万人に一人などという稀有な病にかかり生命を落とそうとしているのだ。目前の命を守る事しか欲のない雪乃からしたら、あれもこれもと欲しがる龍水は甘えにしか見えない。
 
「ねえ、先生」
「なあに」
「先生は凄いお医者さんだって聞いたよ。昔はアメリカにも留学して、とっても成功したのに戻って来たんだって」
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