第2章 正義の致死量
そんな雪乃は、自分がどうやって死んだか覚えていない。ただ、最後は確か車に乗っていた筈。病院へ向かうタクシーの中で、信号の列に並んでいた——ような気がする。そんな曖昧な言い方を許したのは、雪乃自身がよく分からないままにこのDr.STONEの世界に放り込まれたからだ。先程まで無邪気にブランコを漕いでいた女児は、おもむろに俯き、まるで壁のシミを見詰めるように地面をその視線で射殺していた。娘の急変に、彼女の背中を押しては共に遊んでいた母親はどうしたの?と問う。
「お母さん。私、医者になりたい」
その時、前世と同じ名前をした少女は全てを引き継いだ。唐突に医者になりたいと言い出す上に、とても子供には見えない言動ばかり繰り返す娘。前世と違い、新しい世界の両親は欠けることなく存在していた。それを有難く思いながら、雪乃はまた医学の道へとコマを進めた。若い身体で、最新の医学を吸収して。患者を救う。
「これは、きっとやり直しなんだ」
雪乃は今日までそう自分に言い聞かせていた。総理大臣が違うとか、有名なタレントが違うとか、違和感こそあれどそれもまた細かな差異だと切り捨てて。飛行機にて、救命救急行為をした時もそうであった。除外診断を済ませて、差し迫った容態では無いと結論を出す。アメリカの医師免許しかない上にスタッフもやや非協力的だったが、そんなのはどうでも良かった。私は——私は、ただ、
誰かが死ぬのを見たくない。
その一心で動く彼女に、一人の少年が声を掛けた。名を七海龍水。Dr.STONEの登場人物にして、作中でも重要な立ち位置をキープする彼に、参ったなというのが正直な所だった。何せ、雪乃は
「どうしよ。私龍水は苦手だったんだよな〜」
そう言いつつ、頭をぐしゃぐしゃ掻き回してはまた空港のトイレに座り、壁のシミを探す。見つけたら、その一点だけを注視した。昔からの癖は、前世の分含めて還暦ぐらいの歳になる雪乃の心に染み付いていた。龍水の事は当然漫画で読んだから知っている。