第13章 幸せすぎる無理難題と悲しすぎる別れの口火
「……っ危ね」
けれども、流石じぃちゃんが認めた雷の呼吸の使い手と言うべきか、私の拳は、獪岳の顔面に届く直前に防がれてしまう。
「…っ…!」
防がれた逆の手にサッと手首を掴まれ、ギリギリと音が聞こえるほどの力で掴まれる。けれどもそんなのはどうでもいいと思ってしまう程の怒りを私は感じていた。
獪岳は無言で睨み続ける私をジッと観察するように見た後
「…鈴音。やっぱりお前、俺と来い」
「……は?」
それはあの日、獪岳がじぃちゃんの家を出て行った時と同じ台詞だった。そしてその言い方も、先程までの馬鹿にするようなそれとは少し違っていた。
そんな意外な様子に、私は思わずフッと力を抜いてしまう。すると
「…っちょっと!何!?どこに行くの!?」
獪岳は私の手首を掴んだ力を緩めないままに速足で歩き始めた。
…どうしよう…街中で不用意に騒ぐわけにはいかないし…
隊服を身に纏っている今の状態で街中で騒ぎを起こす、それはすなわち、ただでさえ黒い詰襟姿の私たちを怪しく思う人に、さらなる負の印象を植え付けかねない行為だ。
それに加え、今は後ろ姿しか見えないが、先程、私に一緒に来るようにと言った獪岳の様子がどうしても引っかかった。
あの時と言い今と言い…獪岳はいったいどういうつもりなの…?
はっきり言って獪岳のことは嫌いだ。善逸を、他人を、そして自分より下だと思った相手へのあの横暴な態度には嫌悪感すら感じる。それでも、同門として、じぃちゃんの元で共に育った身として”情”がないわけじゃない。
そんなことを考えている間に、街の外へと続く門が見えて来てしまった。
”待って”
そう言おうと口を開きかけたその時
「彼女は俺の恋人なのだが、どこへ連れて行くつもりだろうか?」
ピタリと足を止めた獪岳の背中の向こう側から、大好きな声が聞こえてきた。