第13章 幸せすぎる無理難題と悲しすぎる別れの口火
やっぱり…来ると思ってたんだよね
自分で言うのは大変恥かしくはあるが、なんとなく杏寿郎さんは現れると思っていた。だからこそ、獪岳の行動に戸惑いはしたものの
”このまま連れていかれてしまうかもしれない”
などと言う不安は微塵もなかった(そもそも黙って連れて行かれてやるほど大人しくもなければ弱くもない)。
「……っ……炎柱様…!」
杏寿郎さんの登場に、獪岳はその歩みをピタリと止めた。その背中からは明らかな動揺の気配感じ取ることが出来たが、それでも獪岳は私の手を放すことはなく、むしろ”絶対に放さない”と言わんばかりにその力を強めた。
「質問に答えてはもらえないだろうか?」
何も答えないない獪岳に杏寿郎さんは珍しく苛立っており、その気持ちを隠す様子もなく獪岳にぶつけていた。
そんな杏寿郎さんの様子に、獪岳はゴクリと唾を飲み込んだ後
「…俺は…こいつの同門で……」
何を言おうか考えあぐねているのか、その二言だけを発した。
「…なるほど。確かに鈴音から共に育手の元で修業を積んだ人間が我妻少年以外にもいると聞いていたが、それが君か」
「……はい」
杏寿郎さんと会話を交わしながらも、やはりその手を放そうとしない獪岳に私もどうしたらいいのかわからなかった。
「うむ。彼女が世話になったのであればきちんと挨拶せねばならないな。俺は煉獄杏寿郎。今も炎柱と名乗らせてもらってはいるが、前線は退き隊士の育成を中心にやらせてもらっている。して、君の名は?」
「…俺は獪岳…と申します。名字は……孤児だったのでありません」
獪岳のその言葉に
「……え…?」
思わず口から声が漏れ出てしまった。
……獪岳って…孤児だったんだ…
数年共に暮らしていたはずなのに、私はその事実を知らなかった。初めて知ったその事実に、この獪岳という男が、何故こんなひん曲がった性格をしているのか(あまり人のことを言える立場でもないが)ほんの少し理解できたような気がした。