第11章 さよなら、ごめんなさい、そしてただいま※
けれども、逃げ出したあの日、私は休むことなく全速力であの街まで辿り着けた。それが出来たのだから、出来ないなどと言えるはずがないし、言うべきではない。
「…っ血反吐を吐こうと…杏寿郎さんに着いていきます!」
両手で握りこぶしを作りながら答えた私に
「わはは!それはなんとも頼もしい返事だ!」
杏寿郎さんは太陽のように明るい笑顔を向けてくれた。
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途中に休憩を挟みながら半日ほど走り続け、音柱邸の外観が目視で確認できるところまでやってきた。
…どうしよう…ドキドキする
身体を激しく動かした時に感じるものとは違った種類のドキドキが私の心臓をざわつかせ、呼吸が乱れてしまったのか一気に疲労感が押し寄せてきた。
そのまま立ち止まることなく、音柱邸の門の前まで辿り着いた。けれども後一歩、門を越える勇気が出ず一旦立ち止まってしまう。そんな私の様子に
「ひとりで大丈夫か?」
杏寿郎さんはほんの少し屈み、私の目を覗き込みながら尋ねてきた。
「…大丈夫です。ひとりで行けます…うぅん、ひとりで行かないと…だめなんです」
ケジメは自らの手できちんとつけなければならない。けれども、一歩踏み出す勇気が欲しくて
「……少しだけ、ぎゅって…してもらえませんか?」
私はすぐ後ろにいる杏寿郎さんを振り返り、そんな稚拙なお願いをした。杏寿郎さんは私のお願いがよっぽど意外だったのか、隻眼を見開き、酷く驚いた顔をしながら私をじっと見ている。その視線が、たまらなく私の羞恥を誘い、思わず真下を向いた。
けれども
「そんな可愛いお願いならば、一度とは言わず何度でもしてあげよう」
杏寿郎さんはそう言って、その逞しく温かい腕を私の身体にぎゅっと回してくれた。
「…ありがとうございます」
私もその身体に縋り付くように腕を回し、温かい胸板に顔を埋めた。