第11章 さよなら、ごめんなさい、そしてただいま※
杏寿郎さんは私の数歩前で立ち止まると
「君の除隊届は、宇髄がまだ持っている。君が行方を眩ませたことも、宇髄、蝶屋敷の人間、竈門少年達、それから俺以外には知らない。療養中として扱っている。そうさせて欲しいと、宇髄が…いや、正確に言えば宇髄の奥方たちが宇髄に頼み、そうしたとのことだ」
「……っ…」
私の目をじっと見据えそう言った。
その事実を聞いた私は、情けなくて、申し訳なくて…けれどもそれ以上に、どうしようもなく嬉しくて、涙を流す資格なんてないと思いながらもそれを抑えることが出来ない。
「なぜ宇髄の奥方たちがそうしたか、頭のいい君ならわかるな?」
杏寿郎さんのその問いに、私は手で顔を覆いながら黙って頷く。
「こっちを見なさい」
ボロボロと情けなく泣いている顔を見られるのは抵抗があったが、そんなくだらないことを気にしている場合じゃないと、顔を覆っていた両手を外し、杏寿郎さんの顔をじっと見上げた。
「宇髄は甘い男じゃない。”自ら好き好んでいなくなったのだから放っておけ”と奥方たちに言っていた。だが君が好き好んでそんなことをする筈がないと彼女たちが懸命に説得した結果、宇髄も今回のような処置をとるに至った」
「……はい…」
「自分の為にそこまでしてくれる人間を二度と裏切ることのないように」
「…っ…はい!…ごめんなさい…!」
私の両頬を杏寿郎さんの大きな両手のひらが包むように覆い
「謝るべき相手は俺じゃないだろう?」
こぼれた涙を、親指で一つ一つ拭ってくれる。
…雛鶴さんまきをさん須磨さんに…会いたい
「…っ…蝶屋敷の前に…音柱邸に行ったらだめですか?」
私は杏寿郎さんに恐る恐るそう尋ねた。
「胡蝶は昨日、”明日中には必ず蝶屋敷に来るように”と言っていた。故に先に宇髄のところへ行こうと特段問題はないだろう」
「…はい!」
「だが急ぐ。走っていくがついて来られるか?」
「…大丈夫…です!」
正直に言ってしまうと、寝付けず夜中こっそり走り込みをしていたが、あの街で過ごしている間、本格的な鍛錬を怠っていたので杏寿郎さんの足についていけるか不安ではあった。