第1章 俺と君とどっぽっぽ
けど、視線を外したくないのもあって、不思議な感じだ。
こんな感情、これまでにあったのかすら思い出せない。
女相手になんて、こんな有り得ない事が何度も続くなんてないだろう。
だから、この不思議な、歯痒い気持ちは、大切にしたい。
「大丈夫大丈夫ーっ! ささ、たーくさん食べてね」
「……、です」
「え?」
「下の、名前……」
少し恥ずかしそうに目を逸らしながら、小さな声で呟いた。
これは、普通に可愛いな。
やっぱり彼女は、他の女とは違う。鳥肌も立たないし、血の気も引かないし、嫌な汗も出ないし、息もちゃんと出来る。
「ちゃんかぁー。可愛い名前だねっ!」
出会った時から、何か予感のようなものはあったのかもしれない。
彼女とたくさん会って、まだまだ話したい。
名前を呼ぶ事を許可してもらえた奇跡に浮かれながら、その日は少しだけ話が出来たから、よしとしようか。
それから数日後、仕事時間が半ばになってきた頃、店に有り得ない顔が現れた。
「沙織さん、いらっしゃいませ。って……おや、君は……ちゃん?」
「えー、一二三知り合いなのー?」
目の前で僕を見上げて、大きな目を見開いて立っているちゃんを見ると、複雑な気持ちになる。
何故彼女のような男嫌いな子が、こんな男だらけの場所に。
とりあえず指名してもらった、二人の席に着く。
もちろん、仕事には誇りを持っているけれど、男嫌いな彼女の前では、この仕事のイメージとか、今の僕はあまりよく思われていないと、雰囲気から感じ取られた。
眉間の皺が凄い。
「この子私の後輩なんだけど、男苦手とか言ってるし、全然男っ気がないから、一二三なら大丈夫かなぁって思ったから、連れてきちゃったー」
腕に絡みついてくる彼女は常連さんで、沙織さんだ。
お酒を飲みながら、ご機嫌な沙織さんとは真逆で、ちゃんとは終始俯いていて、目が合わない。
「ちゃん、大丈夫かい?」
「大丈夫です。私の事は気になさらず……」
合わない目がもっと逸らされて、そっぽを向かれてしまった。
「もー、心配してくれてる一二三に、そんな冷たい態度取るとかありえないっ!」