第1章 俺と君とどっぽっぽ
夕飯の買い出しに街を歩いていると、見覚えのある姿が目に入った。
「おっ!? どっぽちーんっ!」
いつもの様に、疲れきった覇気のない虚ろな目が、こちらに向く。
走り寄る俺は、気づかなかったんだ、独歩の体に隠れていた、その存在に。
「ひっ!?」
独歩の前に立つと、小さな存在が俺を捉え、自分が青ざめるのが分かった。
鳥肌が立ち、血の気が引いてゆく。
女だ。独歩の後ろに女がいる。小さすぎて、見えなかった。不覚だった。
独歩の体を盾にして、隠れる。
「おい、ひ、一二三っ……」
独歩の後ろで震えながらも、いつもなら聞こえる女からの不思議がるような反応が聞こえず、恐る恐るそちらを盗み見る。
女性用のスーツを着ているから、独歩の会社の人間なのだろうけれど、やたらと小柄だからか、成人にすら見えるかどうか危うい。
その子は、独歩のスーツの袖を握りしめて、俯いている。
目すら、合わない。
「一二三、スーツ着ろ」
言われてじっと彼女を見ていた俺は、ハッと我に返り、手にしていたスーツを羽織る。
これを羽織ると、守られている気分になって、今日もスーツという名の鎧で自分の防御力を最大にする。
「すまない、独歩君。そちらのお嬢さんも、驚かせてしまったようだね、大丈夫かい? さぁ、顔を上げてくれないだろうか」
声は聞こえているはずなのに、彼女からの反応はない。
少し覗き込むようにして見ると、明らかにそこには嫌悪のようなものを感じた。
よく見ると、大きな目に長いまつ毛、小さな鼻と小さくて綺麗な唇。肌はキメ細かくて、かなりの美人だと思った。
しかし、そんな彼女は自らの短めに整った黒髪で顔を隠すかのように俯いて目を逸らし、眉間に皺を寄せて後退り、独歩君の後ろに移動する。
その手は、相変わらず独歩君のスーツの袖を握ったままだ。
「一二三、あんまり近づいてやるなよ。コイツ、男嫌いだから」
男嫌い。
僕から距離を置いて、小さな体を必死に独歩君の体で隠している。
何故だろう。胸の辺りがモヤッとした。
けれど、その理由なんて分かるはずもなく、僕は独歩君を見た。
「せっかく会えたんだし、紹介くらいはしてくれるかい?」
「ああ、まぁ、そのくらいならいいか……」