第38章 息が止まるその時に(謙信様:誕生祝SS2025)
謙信「使えそうなのはこれ1枚だ。
どこぞの者が使った布団を舞に使うのは気がすすまんが非常の時だ。仕方あるまい。
佐助、舞を着替えさせる。少しの間向こうを向いていろ」
佐助「はい」
着替えを済ませた私に温かい掛け布団がかけられ、そのあと謙信様と佐助君も着替えを済ませた。
佐助君が飲み水の確保に雪を取りに行っている間、私は謙信様に手袋を差し出した。
「明日、宿で渡すつもりでいましたが、いま渡した方が良いと思って…。
1日早いですがお誕生日おめでとうございます。手が凍えているでしょう?早速はめてください」
謙信「これは舞が作ったのか?」
「ええ」
逡巡の後、謙信様はいやと首を振った。
謙信「ありがたいが後で受け取る。
今はそれで舞の手を温めろ」
謙信様の手を取ると私の手よりも冷たかった。今度は私が謙信様の手をさすって温めた。
「謙信様の手より温かいのがわかりますか?布団を使わせていただいていますし十分温かいです。
謙信様に温まって欲しいです。どうか身に着けてください」
謙信「わかった」
謙信様の指が第二関節のあたりから赤くなっていて痛々しい。冷たいとも痛いとも言わないけれど放っておいていいわけがない。
「針子が手を大事にするのと一緒で、武将の謙信様だっていつでも刀を握れるように手を大事にしなきゃいけませんよ」
謙信「舞に叱られるとは不甲斐ないな」
謙信様が手袋を掴んだ瞬間に様々な感情が浮かんで胸を締め付けた。
記憶をなくして、よくわからないまま買いそろえた品ではなく、心を込めて用意したプレゼントを直接本人に渡せたことが嬉しい。
ここで無事に夜を越せたら明日は誕生日で、一緒にその日を迎えて『おめでとう』と伝えられる。
ありふれたことなのに酷い夢のせいで最高の気分だ。