第38章 息が止まるその時に(謙信様:誕生祝SS2025)
「謙信様、外套をかけてくださったんですね。
私はもう大丈夫ですから着てください」
謙信「まだ気を抜くな。部屋が温まるまでそのままで居ろ」
「こんな隙間風だらけの小屋が温まるのを待っていたら春になってしまいます。
鍛えているといっても風邪をひいてしまいますよ」
外套を掴んだ私の手を、冷たい手が押し返した。いつも温かな手が氷のように冷たい。
謙信「今は黙っていうことをきいてくれ。息をしない舞を見て、俺がどれだけの絶望を抱いたかわかるか。
あのまま息を吹き返さなければ俺は……」
最後まで言わず、謙信様の表情が翳った。
(息を吹き返さなければ、あのトラベルガイドに書かれていた通りに死を選んだのかな)
一瞬過った考えを振り払った。そうしないために私は今もこれからも気をつければいい。
謙信「身体にかけるものがないか探してくる。
すぐ戻るからな、気を保てよ」
謙信様がこちらを振り返りながらあちこち戸を開けて中を探っている。
そうしているうちに火打石の音がして、着火剤の松の木が燃える匂いが漂った。この匂いがすれば火が確保できたようなものだから、まだ温かさは感じなくても安心できた。
佐助「今から火力を上げるからもう少し待ってて、舞さん」
「うん、ありがとう」
佐助君が火種にフーフーと息を吹きかけ、それが薪に移って火が大きくなっていった。
濡れた背中が冷たくて起きがってみると、まだ酸欠状態なのかクラクラとした。
(でも身体が動く…良かった)
意識的に深呼吸をして足りない酸素を取り入れた。
冷えきった末端に血液がまわり始めたのか特徴的な痺れを感じ、巡りを促すために手足の指を丸めたり開いたりをくり返した。
「そうだ、もうプレゼントを渡しちゃおうかな」
傍らに置いてあった荷物からプレゼントの手袋を取り出した。
(すぐ役立ちそうで良かった)
去年は完成直前に駄目にしてガッカリしたものだったけど、こうして必要な状況で渡すことになるなら結果的に良かったのかもしれない。
そう思っているところへ薄い掛け布団を持った謙信様が戻ってきて、私が手にしている手袋を気にかける様子を見せながらも、冷え切った布団を広げて火に当て始めた。