第38章 息が止まるその時に(謙信様:誕生祝SS2025)
謙信「この小屋に舞を運び込んだ時には既に息をしていなかった。
よくぞ…目を覚ました」
謙信様は泣きそうな顔で横たわっている私に覆いかぶさってきた。謙信様の髪も佐助君と同じく濡れていて、所々ごわついて凍っている。
謙信様は私の無事を喜んでいるけれど、私も謙信様を失わずにすんだと安心した。
「謙信様も生きていてくださって、ありがとうございます」
冷たい髪に頬をよせ、濡れた背中に腕を回した。
伝わってくる鼓動が生きていることを証明している。
(謙信様が生きていてくれて良かった。
あの夢が夢で良かった)
安心を求めて懸命にすがりつくと、謙信様はムリをするなと小さく笑った。
「凍死しそうになったんですね。
すみません、心配をおかけしました」
謙信「良い。この吹雪は少し様子がおかしい。
生き残っただけ運が良かった」
謙信様は身を起こして、また私の手足をさすり始めた。
部屋は寒く、謙信様が手をとめると私は体温を維持できないようだ。
佐助「謙信様が人工呼吸をしたんだ。それでダメだったら心臓マッサージをしようって、帯が緩められているのはそのせいだ。
心臓マッサージをしたら骨が折れるから…、舞さんが目を覚まして本当に良かった」
ここから人里まで距離を考えると骨折した人間を運ぶのは相当骨が折れるだろう。
そんな迷惑を掛けずに済んで良かった。
「そうだったんだ…。心配させてごめんね。
ありがとう、佐助君」
佐助「どういたしまして。今度は緊急避難用ワンタッチオープンテントを開発しておくよ」
「ふふ、佐助君ったら」
笑う私達の髪からポタポタ水が落ちて、ブルっと身震いがおきた。
佐助「謙信様、舞さんの脈が安定したので火をおこします。
舞さんの様子を見ていてください」
佐助君が薪を運んできて囲炉裏にセットし始めた。
張り詰めていた空気はガタゴトと木が組まれる音に心地よく打ち消され、私はほっと視線を下げて、自分にかかっている布が謙信様の外套だと気づいた。
室内は氷点下だ。薄暗い小屋の中で、謙信様の肌に血の気がないように見えた。