第38章 息が止まるその時に(謙信様:誕生祝SS2025)
(い、ま……謙信様の声……がした?)
謙信様を感じた瞬間、私の意識はズルズルとどこかへ引っ張られた。
引きずられていくと、次第に耐え難い息苦しさに襲われた。
(なんて息苦しいの?苦しくて死んでしまいそう…!)
息をしたいのに鼻と口が自力で動かせず、苦しさだけが強くなっていく。
もうだめだ。そう思った時に口に空気を吹きこまれた。
ふうっ、と吹き込まれた空気が身体を一巡りして弱々しく外へ出て、そこで私の呼吸器が目を覚ました。
水の中でずっと息をとめていた時みたいに慌てて息を吸って吐いた。
「はっ、はぁ!」
謙信「っ、舞!」
間近に愛しい人の顔があって、整ったその顔には絶望の余韻が強く残っていた。
(謙信様?え………なんでいるの?)
思考が停止して、ひたすら謙信様を凝視した。
タイムスリップに成功したなら本能寺に居るはずで、失敗したなら本能寺跡に残っているはず。しかしここは知らない建物の中だ。
(ここどこ…?)
古い木戸が風でガタガタと音を立てて、入ってくる隙間風が横たわっている私のところまで吹き込んできている。
覚えのある冷気に身体が震え、それを察した謙信様が手足をさすってくれた。
傍らには鼻を赤くしている佐助君が居て、髪から水を滴らせながら真剣な顔で私の脈をとっている。
(もしかして雪原で気を失った後……?)
ということは『私』が読み上げたトラベルガイドの内容から逃げられたということだろうか。
とにかく私は死ぬのを免れたようだけど、何がなんだかわからない。
(なにもかも夢だったの………?)
夢にしてはリアリティのある夢だった。特に自転車をこいで長距離を歩いた足の痛みといったら酷かった。
(そうだ、夢かどうか足が筋肉痛になっているか確かめればいいんだ)
足を少し動かしてみたところ痛みはなく、やっぱりさっきまでの経験は夢だったようだ。
(なんだ……夢だったのか)
家族と再会してお別れができたのは良かったけど、石碑の前で起きた出来事は怖すぎた。
あの時に感じた絶望は夢だとわかってもまだ消えていない。