第38章 息が止まるその時に(謙信様:誕生祝SS2025)
『天正〇〇年2月、上杉謙信は旅の途中で恋人を亡くして正気を失った。
姫の葬儀後、その墓前で衝動的に刀を抜き、家臣が止める間もなく自らの腹を切り死亡。
生きていれば織田信長と歴史的な戦いを繰り広げたのは必然であった。謙信の死によって戦国時代の勢力図が大きく変わり、信長は混乱した越後を平定したのちに天下統一を成し遂げた』
ガイド文を読み終わった『私』は、どうだ?と顔を上げた。
(天正〇〇年2月って私達が雪原で遭難した年月日と同じだっ。
謙信様が自殺?私の死が謙信を死に追いやったの?)
嘘だと否定できないうちに、ぽつぽつ雨がざーっという雨に変わり、佐助君が慌てはじめた。
佐助君は独り言をいう『私』が見えていないのか不審な顔をしていない。
私ともう1人の私だけ、現実世界から切り離されているかのようだった。
『1人の男を死に追いやり、また戻ろうとしている愚かさがわかった?
例え戻ったとしても、あなたはまた謙信様を殺すに違いない』
あの時のようにカバンから折り畳み傘を取り出し、『私』は佐助君に話しかけている。
もう雷が落ちるまで時間がない。
(待って!私が行くっ!
今度は絶対謙信様を1人にしないから!)
『世に落ちた生は1度限り。2度目など、ありはしない』
『私』の声の後、辺り一帯が真っ白になって何も見えなくなった。雷の衝撃が意識だけの私にまで伝わってきた。
佐助君と『私』の姿が見えなくて、私は絶望的な光に手を伸ばした。
(だめ……!だめ……!行かないで、私に行かせて!
私は謙信様しか愛せない!もう1度謙信様を愛したいっ。
お願い、私を………)
『私をおいていかないでっ!!』
『俺をおいていくなっ!!』