第38章 息が止まるその時に(謙信様:誕生祝SS2025)
意識は離れても身体は石碑へ向かっているので、死んだ自分を眺めていたという漫画設定の幽体離脱とはちょっと違った。
身体が追い出された意識体は半透明でまるで幽霊だ。
驚いている間も身体のほうは石碑の前で立ち止まった。そこに白衣姿の佐助君が現れて私の緊張は高まった。
佐助君はワームホールの発生を警戒して、私が巻き込まれるんじゃないかと心配そうに見ている。
(このままだと私だけ置いていかれちゃうんじゃ…。
はやく身体に戻らないとっ)
しかしこの意識体は足をどんなに動かしても動けなかった。
ポツポツ……
(ワームホールの雨だ!どうして…動けないの!)
その場でもがき続ける私と、石碑の前に居る私の目が合った。
紛れもなく自分自身であるのに、意識がここに居るならば、あの身体の中に居るのは誰なのか見当もつかなかった。
『私がタイムスリップして、今度は謙信様じゃない人と恋に落ちるの』
(え……)
頭に響いてきた声と一方的な言葉に驚愕した。
(あそこに居る私は何を言っているの?
『謙信様じゃない人』と恋に落ちるってどういうこと!?)
私は謙信様に会うために苦労してここまで来た。
関係がリセットされ、私を知らない謙信様でもいいと、最初からやり直せばいいと思ってここまで来た。
それなのにもう1人の『私』は、切なる想いなど関係ないといった様子で虚ろに笑った。
明らかに私がしない笑い方に、あの身体に誰が入っているのかとゾッとした。
『誓い合った愛を簡単に放り出したのは誰?
何が謙信様のお傍にいます、だ。愛する男をあっさり置いて、あの男を狂わせたのはあなたでしょう?』
(あっさり置いてって…あの時、私は死んだの?
謙信様が狂ったってどういうこと?)
『私』がバッグからトラベルガイドを取り出して、あるページを開いた。