第34章 呪いの器(三成君)
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「本当に何もありませんでしたっ」
家康「この世の終わりみたいな顔して何もないわけないでしょ」
「そんな顔はしておりません。
急に雨に降られてがっかりしていただけです」
家康様の御殿に連行されて湯殿に直行。
身綺麗になったところで、腰を据えて待っていた家康様の追及が始まった。
家康「雨に降られて大変っていう顔じゃなかったよね。
しかも泥があんなに着物に跳ねていたのは、舞が足元を気にせずに歩いたせいだ。
いったい何があったの」
「だから何もありませんでした。
雨脚が強まってきたから急いで歩いたら汚れただけです」
脱衣所で脱いだ着物を女中さん達が『早く泥を落とさないとシミになる』と洗濯場に持って行ったのは、ついさっきのことだ。
泥で柄が隠れるくらい酷い汚れだった。
家康「着物を仕立てる人間が泥汚れを厭(いと)わないはずがない。
しかもあの着物は三成が贈った反物で作ったはずだ。余計に汚れないよう注意するはずでしょ」
「……」
あの着物は確かに三成君が贈ってくれた反物で作ったものだけど家康様に教えていない。わざわざ教えるほど親しくなかったから、知ってるのは着物を褒めてくれた秀吉さんくらい。
(なんで家康様が知っているんだろう。
案外仲が良い…とか?いやそれはないか)
三成君と家康様の温度差は見ていて気の毒になるくらいだったから、実は仲がいいなんてことはないだろう。
家康「大事な着物が汚れても気にならないような出来事があったんでしょ」
史実が間違っていなければ徳川家康は気が長く、じっくりと話しを聞くタイプだ。あっちが話を聞く態勢になら躱(かわ)すのは難しいかもしれない。
それに追及口調としかめ面とは裏腹、翡翠の眼差しからは心配が伝わってくる。