第13章 ❤︎ 岩泉先生の彼女と及川先生
「はい。これ、あげる。わざわざ持ってきてくれたお礼」
「え?」
「ただの自販機のジュースだよ。俺、コーヒーのボタン押したのに出てきたのイチゴミルクでさ、こんなのあり得る?」
“120円無駄にしちゃったよ”と笑う表情は以前の優しいだけの先生で呆気ないくらいに緊張で強張っていた体の力が抜けていく。
「ちょっと話そうよ。俺も今からコーヒータイムだったし。飲み終える間だけでいいからさ」
「でも…」
「岩ちゃんに止められてる?」
「……あんまり関わるなって」
「あはは。そりゃそうだよね…。でも今日は何もしないから大丈夫。俺も今の仕事にちょって手を焼いてて余裕ないんだよ」
確かに以前来た時にはすっきりと整頓されていたのに今はデスクやソファー周りには書類が山積みになっている。普段と変わらないように見えたのにコーヒーに口をつける仕草からもどこか疲れてるようにも見える。
「疲れてるんですね」
「そうだね。来年度に向けての資料作り、今のうちにやっとかないとって思ってね。岩ちゃんも今は忙しくしてるでしょ?」
「はい。研修会もあったりして大変そうです」
「だよね。…ほんとはこんなときこそゆっくり温泉にでも行きたい…って、そういえばさ、前に言ってた岩ちゃんとの旅行の話ってどうなったの?」
「まだ何も…。先生も忙しいし、それに関係がバレてしまった以上下手なことはできなくて」
「じゃあデートもしてないの?」
「……はい」
「でも前は普通にラブホとかも行ってたんでしょ?」
「…そうですけど…。今は全然」
「じゃあしてないんだ」
「はい…。あれからは一度も。メールや電話くらいで」
「それは困ったな」
「どうしてですか?」
「だってそうだとしたらそれは俺の責任だもん」
目の前に立った先生は抱き締めるわけでもなくただ髪に触れて“ごめんね”と優しく囁く声色はこの部屋の中で何度も聞いた声。この声を聞くだけでまた心臓は大きく跳ねて体の芯が熱くなっていくのを感じる。