第72章 結婚するまで帰れません(1) 岩泉一
同居が始まって風呂上がりは他愛もない話をして1日が終わる、そんなルーティンになっていた。この夜も風呂から上がるとソファで寛ぎながら顔にパックを貼り付けたいちかがテレビを観ている。
「その顔、ホラーみたいだな」
「だって私、花嫁になるんやもん。一君の」
「たかが撮影だろ」
「でも花嫁には変わりないし。こんな早くウエディングドレス着れるやなんて思わへんかった」
「アホくせぇ」
「なぁ、一君も一緒にパックしとく?」
「しねぇよ。麦茶飲みに来ただけ」
「あ、じゃあ私が淹れる」
「サンキュ…」
トタトタと目の前を通り過ぎて冷えた麦茶を冷蔵庫から取り出してグラスに注ぐ。パックしてる顔も横顔もすげぇ間抜けでなんか笑える。
「でもあんな嫌がってたのになんでOKしてくれたん?」
「俺の制服の裾引っ張って泣きそうな顔してたのは誰だよ」
「私。ってことは泣き落としが通用するってことやね」
「やめろ」
「でもほんまに嬉しいねん。例え撮影だけやったとしても絶対ええ思い出になるもん。あ、でもキスとかは強要されへんよね?」
「それはねぇだろ、さすがに」
「私は認めたないけどビジュアル的に映えるのって及川君やん?新婦役は私だけやし絡み多なったら嫌やもん」
「一番喜んでたの及川だけどな」
「一応バイト代も出るんだろ?だったら向こうの要望にある程度応えるのが道理だろ」
「一君は嫌やないの?私と及川君がキスするって展開になったら」
嫌?っつーかあり得ねぇだろ、んなこと。