第72章 結婚するまで帰れません(1) 岩泉一
「ま、止めるだろうな」
「ほんと!?」
「撮影っつっても好きでもない相手と無理矢理そういうことさせんのは倫理的にもルール違反だろ?」
「…なぁんだ、そういうことか」
「だからそこは心配しなくていいだろ」
「そっか。……でも、私、一君となら喜んでキスするから」
いちかの言葉に飲みかけの麦茶がグラスの中で逆流する。水滴が時間差でぽたぽたと垂れて首に巻いたタオルで拭う。
「あ、ごめんね」
「なんで俺なんだよ」
「理由なんて決まってるやん。好きやから。好きやから隙あらばチャンスをものにすんねん」
「全然上手くねぇから」
「そういう嬉しいサプライズに期待しとこ」
「勝手に期待されても困るんだよ」
俺にしか見せないような柔らかな表情に見つめられてるとこっちまで流されそうになる。バレないよういつものようにため息をついたふりをして背を向けるのが精一杯でこれ以上は嘘をつくのは俺の方が持たないのかもしれない。