第72章 結婚するまで帰れません(1) 岩泉一
いちかと別れて体育館へ戻った後すぐに及川も帰ってきた。辺りをキョロキョロと見渡して明らかにいちかを探している感じだった。
「ね、岩ちゃん、いちかちゃんどこ行ったか知ってる?」
「いや、知らねぇけど」
「岩ちゃんずっと体育館に居たんだよね」
「ああ」
「さっきまでここでスコア表書いてたと思ったんだけど」
「そういやそうだったな」
「顔色悪そうだったから心配してたのに岩ちゃんは心配じゃないわけ?」
「大丈夫っつってたぞ?」
「外かもしれないし、ちょっと探してくるね」
「じゃあ俺はコーチんとこ行ってくる。来月の練習試合の相手、決まってると思うから」
「あ、なら後で俺にも教えて?」
「ああ…、分かった」
「いちかちゃん見つけたら、練習終わりにどっか行かないか誘ってみよう。先に言っとくけど岩ちゃんは邪魔しないでよ」
「しねぇよ…」
邪魔も何もいちかはもうここにいないしな。及川のいちかへの努力が毎回見事に空回ってるのを見るのは悪くない。思わず吹き出しそうになるのをグッと堪えてコーチのところへと向かった。
練習が終わると及川には何も告げずに部室を出た。どうせ見つかったら見つかったでいちかのこと聞かれるだろうし、面倒なことになるのは目に見えていた。
足早に家に帰ると丁度母ちゃんが玄関から出てきたところだった。婦人会だか何だかの集まりらしく慌ただしく俺に駆け寄ってくる。
「おかえりなさい。今、いちかちゃん和室で寝てるから」
「ん、…了解」
「息切らしてるけどそんなに急いで帰ってきたの?」
「ちげぇよ、及川から逃げてきたんだよ」
「そう…」
「何だよ、急いで帰っちゃ悪いのかよ」
「そんなこと言ってないでしょ。お母さん、少し出かけるから後お願いね。起こしちゃダメよ」
「分かった…」
母ちゃんの意味深な含み笑いが気に入らない。あの及川の面倒臭さの一番の被害者は俺だってのによ…。
静かに玄関の扉を閉めるとなるべく物音立てないようにリビングに向かう。いちかはリビングで眠っていた。一旦荷物を部屋へと置き、繋がれたゲームソフトを持ち出す。そばにいろって言われてもなんとなく気不味いからな。