❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国
第5章 掌中の珠 後編
加えて乱世は現在、空前の茶の湯ブームである。日頃あまり手の出ない抹茶を味わえるとあり、大好評だった。
「そっか、光秀さんのお茶と一緒にいただくのもいいかも!」
「……ん?」
光臣の科白にはっとした表情を浮かべれば、凪が隣を歩く光秀を見上げる。心なしか黒々した彼女の眸が輝きを帯びているような気がして、男が短い相槌を打った。ちょうど現代での旅行中、光秀の点てた茶が恋しいという話をしたばかりだ。抹茶味のバームクーヘンに、光秀の点てた抹茶とは実に贅沢な組み合わせである。
「御殿に戻ったら、光秀さんの点てたお茶が飲みたいです」
「あの菓子を茶請けにするという事か」
「はい、駄目ですか……?」
十年以上前よりは、多少素直に甘えたりねだったりしてくれるようになった凪が、光秀を窺うようにじっと見つめる。期待に満ちた大きな猫目を見つめ、つい男の口元が優しく緩んだ。そもそも駄目だなどと断る筈がないというのに、他意なく問う彼女を愛おしく思いながら光秀が長い銀糸の睫毛を伏せる。
「お前の望みならば幾らでも点ててやろう」
「ふふ、ありがとうございます」
穏やかな父母のやり取りをいつもの事と眺めていた光臣とは異なり、光鴇は実に不服そうであった。抹茶は自分にはまだ早い、と現代で言われた事を思い出したのか、むっと眉根を寄せて口をへの字にしつつ主張する。
「むっ……ときはまっちゃ、のめないのにみんなだけずるい!」
「お子様舌で飲めるようにするには、蜜でも入れないと難しいだろうな」
「抹茶に蜜とは、利休さんに怒られそうですね……」
大人ともなればあの深い味わいも美味と感じるだろうが、子供にはただほろ苦いだけだろう。光秀が肩を竦めて冗談めかした調子で告げれば、それを想像した光臣が苦笑する。つい先日、千宗易(せんのそうえき)から千利休へと改名した茶人を脳裏に描き、眉尻を下げた。
「抹茶に蜜かあ……あ!もしかしたらそれ、いけるかも!」
「えっ、母上まで急に何を仰るんですか……?」