❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国
第5章 掌中の珠 後編
突如子供が襖をけたたましく開けてやって来た事に、光秀が視線を向ける。その瞬間、光臣が入り口付近の壁にある照明のスイッチを切ると、室内が一瞬にして暗闇へと染められた。
「光秀さん、お誕生日おめでとうございます」
「おめでとうございます、父上」
「おめでと!」
ろうそくに火の灯ったホールケーキを持った凪がやって来て、座卓の上、光秀の正面に来るように置く。ゆらゆらと揺れる細いろうそくの炎に照らされ、見た事のない菓子がそこにある様へ光秀が双眸を瞬かせた。真っ白なクリームの上に咲く、満開の水色桔梗。生憎と五百年後の文字は明確に認識出来ないが、光秀という名とちちうえという文字は読めた。子供達は正面へ、凪は光秀の隣へと腰を下ろし、男の顔を覗き込む。
「五百年後ではバースデーケーキっていう甘味にろうそくを立てて、それを生まれ日の人が吹き消してお祝いするっていう習慣があるんですよ」
「ほう、菓子に火をつけるとは中々珍妙だとは思ったが、そういう事か」
「俺も最初聞いた時は驚きました。ですが、こうして見ると凄くきれいですね」
言われてみれば確かに妙な習慣といえばそうかもしれない。乱世の常識で考えれば当然な反応に、凪が可笑しそうに笑った。とはいえ、乱世では決して見る事の出来ない美しい造形の菓子が仄かな灯りで照らされている様は、何処か幻想的で目を奪われる。あちこちに咲いた水色桔梗の花を視線でなぞり、光秀が穏やかに笑みを浮かべた。
「ちちうえ、ふーってして?ときもふーってする」
「こら、お前が消してどうする」
「いっしょにふーってしたい」
うずうずした様子の光鴇が父の着物の袖をくいっと引っ張り、首を傾げる。ろうそくとは得てして子供が吹き消したがるものである。光臣が眉尻を下げながら窘めるも、物珍しい菓子や光景を前に、好奇心を抑えられないのが子供という生き物だ。そんな光鴇を見て光秀が可笑しそうに短く笑いを零した後、幼子を自身の胡座の中へと収める。