❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国
第5章 掌中の珠 後編
手を繋ぐ片手とは反対のそれを湯から上げ、濡れた指先で彼女の頬を光秀が撫でた。普段よりずっと暖かなその指先の感触に、何故か無性に愛しさが湧き上がる。
「お前を愛するまで家族を持つ気のなかった俺が、今こうして愛しい妻と子らを腕に抱いている」
「光秀さん……」
「大望を叶える為ならば、この身がいつ朽ちようとも構わないと思って来たが、それはもう随分前に俺の中で覆されていた」
愛おしげに輪郭を滑る、暖かな男の指先が凪の下唇を優しくなぞった。光秀から紡がれるひとつひとつの言葉が、彼女にとっての宝物だ。男の口元に、穏やかで優しい笑みが刻まれる。その隙間から、幾度耳にしても聞き飽きる事のないそれが、心地良い低音と共に注がれた。
「今の俺には、守るべき大事なものが三つもあるからな」
「それは私も同じです。子供達とずっとは無理かもしれないですけど……でも、いつか二人が私達の元を離れて行くまで、ずっと一緒に居ましょうね」
「ああ」
下唇をなぞった指先がそっと離れ、やがてどちらからともなく瞼を閉じる。淡く重なった唇は柔らかく、やはりほんのり暖かかった。ただ触れるだけの口付けだというのに、こんなにも満たされる心地になるのは、そこに惜しげもない互いの愛が込められているからなのだろう。こつりと額同士を軽くあてがい、笑みを零していると、不意に正面から幼子の声が割り入った。
「あー!ちちうえとははうえ、ちゅーしてる!ずるい!ときも!」
「あ、こら鴇!急に出て走ったら滑って危ないだろう」
釜湯に浸かりながら、光鴇が不満げに眉根を寄せて父母をじっと見つめている。二人が仲良くしているとつい自身も割って中に入りたがる節がある幼子が、見過ごせないと言わんばかりに浴槽の縁へよじ登って出ようとしていた。慌てて光臣もその後を追い、釜湯から出る。むっすりした顔でこちらへ向かって来る小さな弟と、それを追いかける兄の姿を目にし、光秀がくすりと仕方なさそうに、けれども存外満更でもない雰囲気で笑みを零した。