第5章 掌中の珠 後編

子供達も無論愛らしいが、それに敢えて合わせて遊んでいる光秀を見ていると、胸がきゅんと高鳴りを帯びる。心癒される光景に凪が口元を綻ばせていると、不意に前方から光臣の焦った声が聞こえて来た。

「あっ！こら鴇、母上は駄目だろう……！」
「ははうえもばしゃー！！」
「えっ！！？」

どうやら調子に乗ったらしい光鴇が凪に向かって湯をかけたようで、水飛沫が飛んで来たのを目にした彼女が眸を丸くする。しかし顔前に出された大きな片手によって呆気なく防がれ、湯面にぱしゃりと音を立てながらそれ等が落下した。

「やれやれ、母を狙うとは悪い子だ」
「ときやったのちがう、あにうえがやった」
「息をするように嘘をつくな。母上、大丈夫ですか？」

凪にかけられそうになった湯を、軽々防いだ光秀が緩く肩を竦めた。言葉の割にそこまで咎めの色はない。あくまでも遊びの延長線上だという事なのだろう。むっと眉根を寄せた光鴇が、すぐ様しれっと兄へ罪をなすりつける。その悪びれた様子が一切ないのがまた、何処かの誰かに似ていて凪が内心苦笑したのは言うまでもない。光臣が仕方なさそうに眉尻を下げて溜息を漏らし、母を見る。光秀がしっかり防いでくれたお陰で、多少髪が濡れた程度だ。

「うん、大丈夫だよ。光秀さん、ありがとうございます」
「妻を守るのは夫の務めだからな」

光臣に応えた後、光秀へ向き直って礼を述べる。礼には及ばないと言わんばかりに返して来た男に対し、彼女が面持ちを綻ばせた。湯の掛け合いっ子にも飽きたのか、光鴇がふと正面側にある浴槽へ興味を示す。大きな釜のような形をしたそれは、見た目通り釜湯と呼ばれているらしく、一人用の浴槽であった。

「とき、あっちはいりたい」
「一人用の浴槽だね。見た目そのまま釜だけど」
「面白い事を考えるものですね。なら俺と一緒に行くか、一人だとまた沈みそうだ」
「いく！こんどはぶくぶくってしてもどってくるね！」
「沈まないという選択肢はないのか……」