❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国
第5章 掌中の珠 後編
浴槽の端には程良い高さの段差になっている部分がある為、光秀がそのまま幼子を座らせてやる。そうして父と兄も同様に湯船へと浸かった。白い湯気が立ち上り、薄っすら茜色に染まりつつある空へと立ち上っていく。天候も良く、絶好の露天風呂日和という訳だ。ちなみに露天風呂が設置されている場所には、床の檜板が敷き詰められている面積分、しっかりと天井がある為、多少の天候の乱れでも問題ない仕様である。
「あったかい!ここからいっぱいおゆ、じゃーってでてる!」
「この分だと湯を引いている段階である程度温度は調節されているだろうが、火傷しないよう気を付ける事だ」
「うん、だいじょうぶ。あにうえみて、ばしゃばしゃ、おゆゆれる」
長方形の浴槽の右端には、湯を絶えず流し入れている鹿威し風の給湯口がある。浸かっている温度で大まか予想はついているが、火傷しないようにと父が注意すると、光鴇が返事をしながら今度は浴槽の縁側へ振り返って身体を動かし、湯船全体をゆらゆら揺らした。そうする事で浴槽の湯が溢れて檜の板上に落下し、ばしゃりと雫を跳ねさせる。
「こら鴇、あまり外に湯を溢れさせるな。貴重な湯だったらどうする。勿体ないだろう」
「むっ、あにうえけちんぼ」
「けちじゃない、倹約家と言え」
「吝嗇(りんしょく)な男は嫌われるぞ、臣」
「父上は謀(はかりごと)に金子を使い過ぎです」
「命に比べれば安いものだ」
実は光臣はある意味で豪快な金の使い方をする(浪費家という意味ではない)父を見て育った反動か、地味に倹約家の気がある。金にみみっちいというより、物を長く大事に使う、無駄を出さないといった事を徹底する質なのだ。諜報活動の折、金子をちらつかせて情報を得る事の多い光秀へ溜息を漏らすと、男がくつりと低く喉奥で笑って気にした風もなく瞼を伏せる。
「やすいものだ!とき、このまえきちょーとおでかけしたとき、こんぺいと、かってもらった!きちょーきんすだしてた」
「帰蝶め、いつの間に鴇を連れ出したのやら」