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《ヒロアカ短編集》角砂糖にくちびる

第16章 この話はもう終わり《前編》◉山田ひざし



「そこ、いつもアイツが座ってんだぜ」

シートベルトを締めたその手が一瞬止まる、決まり悪そうに視線を落とした彼女の耳がじわじわと赤く染まって


「アレ、意識しちゃった?」

「もう!揶揄わないでください・・っ」


そもそも相澤以外乗せたことねェのよ、なんて
こんな話君は興味無いだろうケド、自身の潔白を吐露して見れば彼女は意外そうな顔をした


「だからめぐちゃんが第一号」

「・・っ、それは、」

「あ、変な意味じゃねェよ!?君はホラ」

本命が居るだろ?、にやりと笑ったはずの口角が引き攣るのを隠すように慌てて視線を前に戻す
何かを言おうとした彼女はそれを諦めたように小さく息を吐いた



「・・私が相澤先生を好きだから、」

マイク先生は構ってくれるんですよね、ふいに響いた声が胸の奥をぎゅっと抉って息苦しい
膝の上に揃えられた指先、その爪の色も先週と異なることに気が付いた



「いつも、楽しいです」

なかなかお礼ができなくてすみません、静かに響いた声に頭をよぎったのは小さな我儘
目を合わせる勇気なんて到底持ち合わせていなくて、赤く光る信号を見つめたままその厚意に漬け込む言葉を絞り出した



「・・オレの本名って知ってる?」

「は、はい、もちろん知ってますよ」

「呼んでみてよ」

驚きに息を呑む気配、それにもオレは知らぬフリを貫いて、青緑を合図に緩くアクセルを踏み込む


「相澤相澤じゃなくてさ、たまにはオレの名前もドーゾ」

言い訳するように加えた言葉は果たして予防線になっただろうか、カチカチと鳴るウインカーの音が車内に響いた



「や、やまだ先生、」

「んー、できれば下の名前で」


「・・ひざし、さん」

顔なんて見られるはずがない、どうやっておちゃらけたらいい、爆発寸前の心臓が全身に血を巡らせる
無理矢理モノにする度胸もないクセに、下手に欲しがった結果がコレだ、どう収集つけんだ馬鹿野郎、


「は、恥ずかしいです、ね」

「・・安心して恋人ごっこができんだろ?」

なぁめぐちゃん、結局オレは一度も彼女の顔を見ないままに、車内に充満するこの甘い空気を吸い込んだ
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