第16章 この話はもう終わり《前編》◉山田ひざし
「あっ、マイク先生!」
オレンジ色に照らされた西側の廊下、事務室から出てきた彼女と鉢合わせると寄せていたはずの眉がいとも簡単にへらりと下がった
「先生、今帰りですか?」
「いーや、あと二時間ってとこかなァ」
「あまり無理しないでくださいね?」
そう言ってがさごそと鞄を漁った彼女は小さな飴玉を取り出すと、それをそっと此方へ差し出した
「すみません、こんなものしか無くて」
最近のお気に入りなんです、照れ臭そうに微笑んだその顔が差し込む夕陽に照らされる
「こりゃあ癒されるぜ!アイツに渡しとくよ」
サングラスをずらし意味あり気に笑いかけると、目の前の彼女はぱちぱちと瞬きをして
意外にもその顔が少しだけ曇った
「もう!これはマイク先生のぶんです」
相澤先生にじゃないですよ、むっと膨れたその顔が物言いたげにオレを見上げる
予想外の言葉、頭の中に用意していたいくつもの切り返しが白紙に戻る音がして、焦ったオレは目を伏せた
「へえ、そう、そりゃ、ありがとな!」
「ふふ、早く帰れるといいですね」
それでは、と満足気に微笑んだ彼女が会釈をして小さく手を振る
くるりと足を踏み出すと同時に香るこれは一体何の花なのだろう
飴玉を握りしめたまま軽く挙げた手、曖昧に指を開いて彼女を見送る
「気のない男にこんなコトしてよ・・」
悪い子だなァ、調子を取り戻そうと余裕ぶった呟きもあまり効果は無いらしい
燻った心はじりじりと熱を持って、それを視線に乗せると幾分か呼吸がしやすくなった
駆け出して抱きしめたら彼女はどれほど驚くだろうか
気持ちを偽って築いたこの関係は一瞬で崩れてしまうだろう、それでも———
なァこっち見てくれよ、ぜってェ幸せにするからさ、言えるはずのないそれを飲み込んで
「・・っ、めぐちゃん!」
声を張り上げると、ふわりと振り返った彼女の瞳が驚きに丸く開かれた
「、やっぱオレも帰ろっかな!」
車だからよ、特別に送ってあげちゃう!、そんな風に調子づいた声を発せば、彼女は心底可笑しそうに目を細めた
「二時間も待てませんよ?」
くすくすと笑った彼女が飴玉の封を切ると姿を現した桃色、色付いたそれが口元に放り込まれるのを見つめる
胸の奥が抗えない音を立てて、無意識に握った拳からはくしゃりと同じ甘さの音がした
