第2章 夜を忍ぶ
気持ちが落ち着いた頃、私はぽつりと本音を言った。
「でも少し羨ましいです」
謙信様が目を見開き、こちらを凝視した。
二色の瞳が驚きの色を滲ませている。
謙信「何が……羨ましいと?」
「そのように想い、想われる相手に出会えたことがです」
怒られても仕方ないと感想を述べた。
謙信様のまわりではこの話はタブーになっている気がしたから。
率直な意見を謙信様に言う人は居ないと思って、正直に話した。
「日ノ本には大勢の人間が居ますが、一人の人間が一生で出会える人数なんてそう多くはありません。
その中からたった一人、深く愛し、愛される人に出会えたこと…羨ましく思います」
瞬きもせず謙信様がこちらを見ている。
私の言葉を理解しようとして消化できていないような、そんな顔だ。
(こんなこと言ったら怒るかな…でも)
怒られても嫌われてもいいかな。
だって謙信様に伝えたい。
私が伊勢姫様だったら…
「自ら死を選ぶなんて、どれほどの覚悟だったか想像もできませんが……私なら死の瞬間に、愛する人を想うと思います」
謙信様の手が膝の上でギュッと握りこぶしを作ったのが見えた。
「命をかける程に愛した人が居て、その人を残して逝かなければならないのなら…」
次の言葉が届いて欲しいと願いをこめる。
「愛した人がずっと幸せでいられるように、ずっとずっとその幸せが続いて、生きて欲しいって、私なら思います」
束の間の沈黙が訪れ、謙信様の押し殺したような声が響いた。