第2章 夜を忍ぶ
「ただ伊勢姫様のことを好きになっただけなのに。
人を好きになっただけで、なんでこんなに苦しまなきゃいけないですかっ」
手ぬぐいは佐助君に使ってしまったので手の甲で涙を拭っていると、黙って聞いていた謙信様の手が伸びてきた。
刀をふるう手とは思えない、繊細で細い指先。
それが頬に触れた瞬間、沸騰していた頭が一瞬にして冷えた。
(私ったらなんてことを……)
現代と戦国時代では考え方が違うってわかっているのに、つい私の物差しで怒ってしまった。
でも伊勢姫様を亡くした時の謙信様を思うと涙が止まらなかった。
謙信「……何故他人のために泣く?」
怒るでもなく、戸惑いを露わにしている。
「わかりません。でも私の国では自由恋愛が多いので家臣のでしゃばり様に頭にきたんです!」
怒りが再燃してきた。
「どーせ『謙信様のために』とかなんとか言ったんじゃないんですか?
謙信様のためを思うなら安らぎの場である恋人を奪ってどうするんですかって、私がその場に居たらどなってやるところですよ!?」
謙信「……ふっ」
「な、なんで笑うんですか!?」
陰鬱な気配は消え、謙信様の肩が小刻みに震えていた。
謙信「お前のように考え、生きられたら随分楽しそうだと思ってな」
「た、楽しくないですっ」
謙信「泣くのは終わったか」
からかい口調だったけど涙を拭ってくれる指先は優しい。
私は鼻をスンと鳴らした。
「はい。謙信様の代わりに泣くならあと百倍は泣かなくてはいけませんが、身体の水分がなくなってしまうので今夜はこの辺でやめておきます」
本気で泣いたのが急に恥ずかしくなってきた。
謙信様はまだ笑いがおさまらないようだ。
謙信「お前は面白い女だな。本当に……」
「そんなに笑わないで下さい。それに私の国では当たり前の考え方です」
謙信「幸せな国なのだろうな……」
謙信様はそれ以上言わなかった。
あえて国がどこか聞かないでくれた気がした…。