第2章 夜を忍ぶ
(なんでだろう)
謙信様のお話だったのに、身を切られるように胸が痛い。
可哀想?
違う。何かしっくりこない。なんだろう……
今の気持ちをうまく言葉にできない。
(謙信様が抱えていた傷がこんなに重くて悲しいものだったなんて)
廃寺で安易に吐き出した方が楽ですよ、なんて言った自分を殴ってやりたい。
吐き出したところでスッキリするとか、そういう類のものじゃなかった。
一生なくならない傷。
おそらく謙信様はこれからもずっと自分を責めて生きていく……
みるみる視界が曇った。
(こんな悲しい話なのにあなたはなんで……)
謙信「何故泣く?」
「わかりません。でも謙信様は伊勢姫様が亡くなった時、涙を流しましたか?」
家臣の人達に引き離されたなら伊勢姫様を亡くした時、謙信様の周りには一緒に悲しんでくれる人は居なかったんじゃないか…
そんな予感がした。
謙信「未熟とはいえ城主だ。泣くのははばかれた。
それ以前に涙ひとつ出てこなかった。伊勢の無念を思い…出会わなければと絶望したのだ。
あの時から何もかもくすんで見え、血の赤だけが生きている色として鮮やかに見える」
ついに目の淵から涙が溢れた。
(それならこの涙はきっと……)
「この涙は謙信様が流したくても流せなかった涙ですっ!大事な人を亡くしたのに涙ひとつこぼさず、今もお話をしている間、ずっと乾ききった目をしていました。
だからっ、あなたの代わりに泣いてるですっ」
ボロボロと涙がこぼれる。
謙信様は目を見開いている。
「なんで好きな人と一緒に居るのに引き離すんですか。敵将の姫だからなんだっていうんですか!そんなの、そんなのっ、関係ないっ!
恋人が誰であろうと謙信様なら立派に城主を勤めるでしょうに、何が問題だったんですか!具体的に、はっきりした理由を述べてみろって言うんです!
プライベートにずかずか踏み込んできて人権侵害もいいところです。
殺人罪に問われるのはその家臣の方達です。謙信様は何一つ悪くないっ!」
軽く重ねて膝の上に置いていた手が、知らないうちに拳を作っていた。
現代からきた私から見れば、こんなに理不尽で悔しいことはない。